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多年にわたる思想上の同志で
殺人事件の共犯者でもあった
設楽秀行氏の真摯な証言を
真正面から撮った長時間のインタビューなど、
なかなか見どころの多い人物ドキュメンタリーでした。

とりわけ思想的な構えの高さと
現実の人間としての能力や
与えられた機会の限界のギャップから生み出される
悲喜劇性がよく描かれていましたが、
見沢氏本人をよく知る鈴木・雨宮両氏のお話を聞くと、
映画が全く別の見え方をしてきました。


自伝的小説「ライト・イズ・ライト」
なんかにもちょっと表現されているみたいな、
実生活上の能力に乏しい
「活動家」っていうイメージはありましたが、
雨宮氏のお話では
「電話してホテルを予約する」なんて
絶ーッ対無理!な人だったとか。

電話ができないでいかなる「活動」も、
そりゃ難しかっただろうなー。

一方では、
弁の立たない人の多い受刑者の代わりに
刑務所当局との交渉や抗議の先頭に立ってあげたり、
「食えない」若い人を見ると
片っ端から面倒を見ているうちに
税金が払えなくなったり、
優しく、断れず、身動き取れなくなって
結局は他人を裏切るらざるを得なくなって
また苦しむ、という、
たしかにごく普通によくいるタイプの
「生きづらい」人でもあったようです。

「太宰みたいな人だったんだねー」と、
隣の席の男性の方が仰っておいででした。

確かに最後も、
「賞」が(正直に)欲しくって、取れなくて、
欲しがって取れなかったことをいろいろ言われて、
また落ち込んで、みたいな。


小道具や時代背景としての
いろいろな言葉に惑わされることなく、
雨宮さんのお話にもあったみたいに、
「半径5メートル」の世界にとどまることのできなかった、
そこに世界の無限の広がりや深みを見いだせる日が
来ることを待つことができなかった、
ありふれたひとりの青年を描いた
ごく一般的な青春悲劇としてみたほうが、
通りのよい物語なのかもしれません。

(堀)

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