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『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』レビュー

 サグラダ・ファミリアといえば、スペインを代表する観光地であり現在も建設中の教会であることはよく知られています。この映画を見る方の中にも、実物のサグラダ・ファミリアを見たことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。このドキュメンタリーはまさに建築中の作業現場や、彫像が作られる過程などに焦点を当てたもので、スペイン内戦で破片となってしまったガウディの模型から、あらゆる技術を駆使して寺院を創り上げていく人々の姿を真摯に捉えたものです。

 教会の建造は神聖な領域に属するものであるために、このようなテーマの映像は禁止されることも多くあります。昨年開催された某芸術祭に出展されていたメッカの改装をテーマにした映像作品はなかば法律ギリギリ(アウト?)で作られたものでした。こういった宗教をテーマにした作品は、崇高なものとして不可視化、もしくは神格化されやすいですが、この作品はあまりそのような演出が過剰に含まれていないように思います。サグラダ・ファミリアがそれを可能にしたのは、おそらくこの寺院が宗教的価値よりも芸術的価値を評価されているからでしょう。宗教的意味よりも建築家の功績が讃えられるようなことが起こっているといえます(もしかすると私が非キリスト教信者であるからそう思ってしまうだけなのかもしれませんが)。それが宗教的にいいことなのかどうかはさておき、近代の技術を駆使して、あるいは職人の手工芸的な要素を取り入れながら建造されていくサグラダ・ファミリアの姿はお世辞抜きで注目に値するでしょう。

 サグラダ・ファミリアを設計したアントニオ・ガウディ1860年代から建築の設計の仕事を始めたと言われており、産業革命を終えたのちにヨーロッパで流行した曲線美を強調するデザイン様式のアール・ヌーヴォの影響を受けた「モデルニスモ」の動向に関連付けられます。「モデルニスモ」とは芸術様式のモダニズム(近代化)のこと表します。それ以前の中世的な建築が模範となったラネシェンサ(ルネサンス)ののちに新しい表現形式として追求されたものです。「近代」とは広義にとらえれば前の時代の様式と現在を分断するために使用された概念であるといえるのですが、それゆえにガウディの建築は新しいものを追い求める形式の上で成り立つことができたのでしょう。さらに、その後の長すぎる工事期間中にもあらゆる表現形式の発展が起こり、かの有名な「受難のファサード」は抽象的で幾何学的な彫刻によって構成され、教会内のステンドグラスもある個人の作家としての職人が抽象的に構成しました。そういった意味でサグラダ・ファミリアは複数の「近代」の複合的な様式を擁する稀有な教会となりました。

 そのなかでも異質な存在感を放っていたのは、日本人の彫刻家でありサグラダ・ファミリアの主任彫刻家である外尾悦郎さんです。かれはガウディの建築に彫刻家として携わるためにカトリックに改宗し、この映画の中に登場する職人のなかでももっともガウディの意思を正確に受け取ろうとした人物の一人です。日本人の彫刻家がサグラダ・ファミリアの主任彫刻家だとは驚きですが、彼の語りにはとても生真面目な職人としての厳格さが表れています。彼の石を掘るその手つきは極めて美しく、特別に神格化されてないにもかかわらず、心打たれるものでした。すぐれた職人かどうかはやはり手に現れるのでしょうか。

 この映画に映されたものはある意味で多くの矛盾を抱えた教会の姿だといえるでしょう。近代化、工業化、そして商品化に依存せざるを得ない現代のあらゆる信仰について考えるための大きなヒントになりうるのではないでしょうか。是非ともいろいろな方にご覧いただきたい作品です。
 
(舘)
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