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《転がるものは人生だけか》

『パビリオン山椒魚』『パンドラの匣』『乱暴と待機』などの冨永昌敬監督
最新作『ローリング』が当館で絶賛上映中です!

まだ観ていない方へ
『ローリング』抜きにして2015年の映画は語れません。
今すぐ、スケジュール帳を確認して、予定をつけましょう!



本作は盗撮事件で職を失い、地元を追われた元教師が
教え子との再会を発端にふたたび転落していく物語となります。

タイトルにある通り、川瀬陽太さん演じる元教師、権藤の人生が
それはもう、すごいスピードで転がる。転がる(笑)。

映画はその権藤による
他人事のような口振りのカタリで
幕を開きます。

「つまらない話ですが
私は教え子に女を取られました」

そして、自分を含めた
3人の登場人物の紹介が行われたのち、
唐突に挿入される雛鳥の映像。

「ちなみにこれが現在の私。
嘘でも冗談でもありません」
とまた権藤の声。

「なぜこんな姿になってしまったか
そのわけをこれから明らかにしたいと思います」

つまりは、教え子に女を寝取られてから
雛鳥に至るまでの映画なんだなと
観客はこの作品をいちおう定義させます。

それはたしかにローリング(転がる)な物語だな
と私も思いましたが、

映画鑑賞後に
改めて作品を振り返ると
『ローリング』というタイトルに
別のニュワンスを感じずにはいられません。

なぜなら映画の中で転がっていたものは
人生だけだったとは言い切れないと思ったからです。

この『ローリング』で
ローリングしていたもの。

それは
人が信頼する価値観や感情そのもの
だと思います。

これらも止まることを知らぬように
映画の中でコロコロと回転していました。

映画を観ながら
予想を裏切る展開が
いくつかありました。

物語の核心に触れてしまいますので
具体的な事は言いませんが、
予想外な展開へのスイッチは
往々にして価値観や感情にあります。

特に終盤、
盗撮されたものから権藤への
ある言葉は

意表を突き、また笑えもするんですが
信じてきていた価値観を裏返されたようで
多少の気分の悪さの様なものを感じます。

誰だって、物事を真実であると決めこんで
安心したいものだと思うのですが

人の感情も価値観だって
「絶対」というものは存在しません。

このような「世界は不可解である」
という正しい認識がこの作品にはあります。

真実なんてありはしない、
見方なんて行く通りもあるということを
『ローリング』は私に語りかけてきました。

(斉藤)
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