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じわじわ浸みてきてひとつツボにはまったらその後すべてが可笑しくなり
「ふひひ」「ふはっ」と小さな笑いが止まらなくなってしまう。

『ローリング』はそんな映画だ。

女子更衣室を盗撮して職を追われた元教師が、
10年を経て地元の水戸に帰ってきたことから始まる転落劇。
ドラマチックな題材でありながら映画は過剰な盛り上がりを巧みに避け、
低空飛行なテンションを保ちながら時おりスコンスコンと落としどころを作ってゆく。
このオフビートなリズムのゆるさが冨永監督ならではの魅力で、
荒唐無稽なドタバタ劇にも仕立て上げられそうなドラマに
観る者の距離をぐっと近づけ、しのび笑いを生み出している。

水戸の地元感も良い。
いわゆる「ご当地映画」にありがちな、
ここが素晴らしいですよー、こんなに魅力的な町なんですよー、
という顕示欲がまったく(!)感じられない。
登場人物たちの日常の行動範囲の狭さ、繁華街の小ささを、
説明せずとも観ている者に感じさせる地方都市のリアリティがあり、
それが映画の世界観の土台をしっかりと形作っている。

物語の中心となる、元教師の権藤(川瀬陽太)、元教え子の貫一(三浦貴大)、
権藤とともに東京から逃げてきた元キャバクラ嬢のみはり(柳英里紗)の
3人のキャラクターとキャスティングがこれまた魅力的だ。

特にみはりの可愛さは2015年日本映画ベストワンと断言したい!
柳英里紗ファンは当然のことながら1人残らず観なければならないし、
“モテ”の工夫にやや疲弊してきた女子たちも、
「女ってやつは…」と日々感じている男子たちも全員観るべきだ。

みはりは、決して人生に積極的に介入しようとしない。
その時々の流れに身を任せるだけだ。
さらにみはりには、作為が一切無い。
甘い言葉も、エロティックな姿態も、ただ正直な気持ちの発露だというだけで、
そこに目的や意図が存在していないのだ。

この2つを兼ね備えた女がどれだけ魅力的で、どれだけ非凡かは、
実際にスクリーンで実感してもらいたい。
今後、ファム・ファタールの条件はこの2つと個人的に決定した。

権藤はみはりと似たところがある。
教師の自分が死んでからは、軽やかに人生の舵取りを放棄する。
そこにからんでくる貫一は、地に足の着いた唯一の存在だ
(さらにその他の登場人物はバカばっかり、と付け加えておく)。
貫一がいるからこそ権藤とみはりの存在が際立ち、
衝撃のラストには一種の清々しささえ感じる。
そして、やっぱり、笑える。

衝撃のラストは、冒頭でも権藤のモノローグによって明かされている。
でも最後まで観ないことには、どういう意味なのだかわからない。
転落の果てを知ってから改めて見返すと、もう最初から笑える。
笑いの火種は自分の中でしぶとく残り、思い返しても笑えるほどなのに
もう一度観て笑いたくなってしまう。
『ローリング』は、そんな映画なのだ。

(mirai)

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