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【STAFF REVIEW】9/12公開『群青色の、とおり道』



都会で夢破れた青年があるきっかけで10年ぶりに故郷に帰り、
置いてきたものひとつひとつに触れて自分の道を取り戻す…。

ひとことで言うなら『群青色の、とおり道』はそんな映画だ。

それは一見語り尽くされたテーマで、「ああ、またか」と思う人もいるだろう。
しかし、そんなスタンダードなストーリーだからこそ、
主人公の真山佳幸を演じる桐山漣の魅力がよく活きている。
ヒーローでもなく、アンチヒーローでもない、普通の男。

駅へ迎えに来た10年ぶりの母親と帰宅する車中、
照れてんのか突っ張ってんのか妙にぶっきらぼうに話す佳幸は
母親に対して“大人の男性”として接することができない
日本人男子(ここはあえての男“子”!)の幼さをよく表している。

「わー、知ってる知ってるこの感じ」。私も同じような光景を何度も見た。
ある時は兄に、ある時は同僚に、ある時は恋人であった男に。

そして実家に着いたとたんに表情も口調もすっかり緩む佳幸。
このあたりの車中との表情の変化が自然で上手い。

さらにキャラクターとして秀逸だと思ったのは、妹と旧友への接し方だ。

妹の幸恵は、幼少の頃に家を出て10年間音沙汰のなかった兄を快く思っていない。
父が営む町工場も不況の煽りで苦しく、進学しても良いのか迷っていて、
好き勝手しているように見える兄に手厳しく辛く当たってくる。

そんな幸恵に対し、佳幸はと言うと、
為すすべもなく途方に暮れているのだ。

普通なら(というか私の経験では)逆ギレするか、
優位に立とうとして自己防衛論を展開するか、
世を拗ねて引きこもるか逃げ出すか、完全無視を決め込むかだ。

大して困ってもないふうで「困ったなー」みたいな顔をしている佳幸。
これは気の強い彼女に振り回されても疲弊しないタイプだ。

そして10年ぶりに会う同級生。
みんな地元を離れず、それぞれの形で大人になっている。

佳幸はミュージシャンを志して東京に出た。
ということは、「自分は特別」だと思ってないわけがない。
なのに何者にもなれないまま帰郷。

親より、同級生に会う方が数倍辛いだろう。恥ずかしいだろう。
私なら五感を研ぎ澄ませて全力で旧友に会わないようにするレベル。

それなのに、真山佳幸よ。

最初こそちょっと居心地悪そうな感じを見せたものの、
「音楽で食ってくって難しいわ」とさらっと吐露。
お前は甘いと酒の席で責められればなんとも素直に泣き出す。

ああ、真山佳幸よ。

「こいつは、つまり、おボッチャンやな」。私は確信した。
何というか、育ちの良さ(裕福さではなく)が全面に出ている。
これはええヤツや、愛されるヤツや。

髪型がこれまたゆるっとした長めのパーマにメッシュなど入れていて
(幸恵に「ダサい」とツッコませるところも見事!)、
身に着けているものも微妙なデニムのシャツだったり
季節に合わないニットキャップだったり謎のサングラスだったりする。
確かに田舎にこのファッションの同世代男子はいない。
でも都会的でオシャレかというとなんとも言えない中途半端な感じ。
そのハンパ感も映画の主人公らしからぬ“普通”っぷりで、
これがまた愛される所以なのだ。

そのキャラクターが、桐山漣にまさにピッタリなんである。
もはや観客も、愛され力の高い佳幸の味方だ。

この見事なまでに“普通の男”を主人公に据えることで、
周囲のキャラクターも引き立ち、何より彼の背後にある景色が際立つ。
本作は群馬県太田市の合併10周年を記念して製作された。
佳幸がいるから、美しい風景も主役級の存在感を放つのである。

最後に、元町映画館のお客さんには特に注目してほしいのが
ヒロイン・唯香を演じる杉野希妃だ。
当館では彼女の関わってきた作品をほとんど上映しているが、
本作は今までに一度も観たことのない、どストレートなヒロイン役なのだ。
“ベタ”な役柄ながら、彼女が演じたことで新鮮な衝撃を受けた。
必見である。

(mirai)

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