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観終わった後の、この幸福感は何だろう。

ダンサーとベッドをともにした後の、
幸福感に包まれた、嵐の後の凪のような静けさ。

お金は常に足りないし、
思い通りにいかないことばかり。
それでも世界はこんなにも美しいのだ。

実はとりたてて大きな出来事が起きるわけではない。
旅回りの一座がフランスの海辺の街をまわる、
その数日間の断片が提示される。

物語の中心にいるのは、
我らがマチュー・アマルリック扮する
ショーのプロデューサー。
彼は自分の劇団を引き連れて、
故郷に凱旋帰国、のはずだった。

しかしかつての同僚とは相変わらずいがみ合い、
別れた妻と暮らす息子たちには愛想をつかされている。

そんな彼の事情とは関係なく、
「ニューバーレスク」のダンサーたちは
マイペースにショーを続ける。

この、苦悩するプロデューサーと
ダンサーの対比が面白い。

ふくよかなダンサーたちに囲まれた
マチュー・アマルリックの身体は、
心なしかいつもよりやつれて、小さく見える。
まるで豊満な肉の海であっぷあっぷしているようだ。
そんな様子を見ていると、
彼の抱える悩みやプライドなど、
とるに足らないものに思えてくる。

付き人の男の子のことを考えていたら、
トリュフォーの『アメリカの夜』を思い出した。
何とも頼りない感じが、あの映画の助監督にそっくりだ。
というか、映画自体ちょっと似ている。

『アメリカの夜』では、監督の苦労に関わらず、
映画はよどみなく進む。
この映画では、プロデューサーの苦悩に関わらず、
ショー=人生は続いていく。

そして、トリュフォーが「映画」になったように、
アマルリックも最後は女神たちにのみ込まれ、
幸福感に満たされる。

ミランダ・コルクラシュア扮するミミ・ル・ムーの
憂いを帯びた眼差し、振る舞いが素晴らしい。

(S/N)

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