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スイカを食べる場面でうなりました。

主人公がスイカを切り、
TVに映される内戦のニュースを見ながら
妻とふたりでスイカを食べる。
妻はスイカを一かけら取り上げ、それを夫の口にもっていく、
夫も自分の手にあるスイカを妻の口に持っていく。
恋人たちがふざけ合ってやるような興奮はなく、ただ穏やかに、
日常の行為としてTVを眺めながら繰り広げられるその行為に、
ぼくはとても豊かなものを感じました。

ここに表されているのは、主人公が長期間にわたって
妻と対等な良い関係を丁寧に築いてきたことです。
食卓には家族関係が現れるとよく言われますが、
スイカを切って食べるたった数十秒の場面で、
主人公の人生、時間的にも広がりをもった人物像が描かれています。

『終わりなき叫び』を観た人は、
映画祭受賞作にありがちな、あまり特徴のない映画だった
という感想を抱くことが多いのではないでしょうか。

平和の象徴とされるスポーツの
「チャンピオン」だったアフリカ・チャドの一人の実直な市民が、
終わらない内戦の中へと静かに絡めとられていってしまうという物語は、
欧州の映画祭にいる審査員の良心に訴えかけるような
「映画祭受けの良い」の題材であることは間違いありません。

この映画がカンヌ映画祭で賞をとれた背景には
題材が映画祭の賞レース向けであったという事情があったのは確かでしょう。
この種の題材をあつかった映画を多く観ている映画好きほど、
ともすると「またか」と思って映画全体を軽く受け流してしまいがちです。

しかし、
この映画をそのような形で素通りしてしまうのは勿体ない。

この映画では食事の場面は(ぼくの記憶では)
スイカの他にはもう一つしかなく、
そこは主人公と息子の関係が大きな転換をみせる
もっとも大事な場面となっており、
しかもそれをきちんと印象的に描いているあたり、
脚本も担当したマフマト=サレ・ハルーン監督は
映画をよく識る人物ではないのかと感じました。

よく観れば、
夕日の沈む水辺で親子が対置されるラストの場面以外にも、
プールの青、主人公の肌の黒、
制服の白の対比や外出制限下の街の闇、音だけで表される上空の軍用機、
プールサイドとホテルの門でそれぞれがもつ太陽光の意味の違いなど、
日常の光景を丁寧に見つめなければ
これほどまでには鮮やかに描けない場面が映画の中にはあふれています。

この題材は題材でとても重要なものなのですが、
それとは離れても観るべきものがあるのです。

この監督の別の作品も観てみたい、そう思いました。

(aka_kappa)

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