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多少辻褄が合わなくたって
多少ちぐはぐでもどかしいやり取りがあったって
全てはこの映像、画を撮りたかったためなんだ
と妙に納得させられる、そんな映画。

長い年月を放射能測定のための観測所で過ごしてきたセルゲイと
まだ来て日の浅いであろう若い男パーシャ

そのパーシャの気分と同調するように
比較的明るい雰囲気で始まった映画は
次第に説明不能な焦燥感に支配されてゆく

彼の感じる疎外感、不安、あるいは苛立ちが
ゆがんだガラス越しの映像で表現されるのだが
そこには、本当にこんなもので一体何が正しく
測定されうるのか疑わしい古びた道具たちや
(妙にかっこいいのだけれど…)
彼らの心許ない現実をおもわせる
美しくはあるが荒涼とした北の風景が静かに映し出される

そして物語は、
パーシャがそう捉えさえしなければ
さほど大きな問題ではなかったはずのことが
ふたりの間に抜き差しならない状況を生じさせる事態に発展し
それがさらにパーシャを追い詰め
狂気を伴った行動をとらせることになる

結局のところ、セルゲイだってどこまで本当に
自分の任務を信じているのか疑わしい。

しかしずっとそうやって生きてきたし
これからもそう生きて行く。
それだけのこと

ただ 在るために 生きられない

ホモ・サピエンス
ホモ・ファーベル
ホモ・ルーデンス

映画を観ていて浮かんだ言葉

(ハイノキ)

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