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3/16(日)、杉野希妃さんの舞台挨拶に続き映画ライターの阿久沢悦子さんと深田晃司監督による『ほとりの朔子』トークショーが元町映画館の2階で開催されました。

★青春★
阿久沢(以下 阿):青春映画ど真ん中ですが、どの辺から発想されたのですか?
深田(以下 深):当初は青春映画を作ろうということではなく、ヴァカンス映画を作ろうとしていたんですが、二階堂ふみさんが主役と言うことで結果として青春映画になったということです。
阿:でも朔子中心ということではなく、周りの人たちの方が動いてますね。
深:自分の趣味なんですが、登場人物をはっきりしたキャラクターにしないんです。人は関係性の中で喋る、あるいは喋らされていると。こういうキャラクターだからこう喋ると言うものではないと思っています。
自分の青春時代を思い出しても暗かったし、うつうつとしていた時代でした。
平田オリザ(深田監督が属する青年団の代表)も「青春は退屈な時間だ」と言ってます。青春=アグレッシヴというわけじゃないと。
阿:むしろ十代の子の方がデリケートですね。


★ダメ男★
阿:杉野希妃さん扮する女子大学生・辰子が大学の先生・西田(大竹直)を殴りますが、あの先生のダメ男ぶりがうますぎて。
深:歴史を見ても何千年も男性主義の社会で、フェミニズムの歴史はまだ浅く、映画界も同様に男性社会です。だから、僕は意識的に男性視線の映画からは離れて行きたいと思っています。西田のような人物は男の愚鈍さの典型として描いたんです。自分も含めて。
阿:自虐的(笑い)。
深:女性の作家では富岡多恵子さんがモンスターのような男を描くのがとてもうまいですね。映画の感想で「西田は本当に気持ち悪い」とか言われると、ごめんなさいなんだけど、内心、してやったりと思ってます。


★ロメール★
阿:全編にエリック・ロメール監督大好き、というのが出ています。
深:今までも、それは隠してないのだけど、題材が違うので、そんなふうに見えなかったようです。今回はタイトルも最初『海辺の朔子』としていて、さすがに、それはないだろうと(笑い)、『ほとりの朔子』にしたんです。
阿:ポスターにもなっている水面に波紋が広がるシーンが本当に美しい。
深:あれはCGではなく本当に撮れたんです。奇跡のシーンですね。映画の神様が降りて来てくれたと。
阿:そして、ファッションがまたロメール的露出度(笑い)。
深:肩を出してほしかったんです。ロメーリアンと言っていいかどうか、他にも彼を好きな監督がたくさんいると思いますが、誰もロメールのスケベさは真似できないんですよね。なんとか挑戦してみたかった。実は《ワンショルダー》にしてもらいたかったんですが、自分はその言葉を知らなくて、衣裳さんにうまく伝えられなかったのです。それであのスタイル(ベアトップ)に。


★インドネシア★
阿:朔子のおばさん(鶴田真由)がインドネシアの歴史(虐殺や震災)を語ったり、ガムラン音楽のカフェが出て来たりと、意図的に入れていると思いましたが。
深:2012年に脚本を書いていたんですが、その前年にスタディツアーでインドネシアに行ったんです。8年前のアチェの大地震もあり、東北とダブることは意識しました。朔子が、この映画の中でちょっとだけ世界(他者)が見えてくるというという時にインドネシアにも目を向けると。つまり、東北の震災だけが特権的なものにならないように、世界にはおなじような被害者がいるということをイメージしてほしいと。
余談ですが、インドネシアでは震災を忘れないと言う教育を、とても明るくやっているんです。「インドネシアは災害のスーパーマーケット」っていうような歌をロック調で歌ったりして。
阿:ガムランカフェの大道芸人のパフォーマンスあったりする空間で、いろんなお客さんがいる。その中に泣いているサラリーマンが印象的です。
深:何か無国籍な空間と時間を作りたかったんです。訳が判らないけど泣いてる人を見ることで、朔子が(観客も)他者の価値観に触れると。


★間接話法★
阿:朔子も、たとえば原発のことをネットで見たり、他の人から話を聞くとか、直接的な会話ではなく、間接的に知っていく描写が多いですね。
深:僕がシナリオを書く時の3原則というのがあって、(1)本音を言わさない(実は本人も本音がわかっているわけではない)、(2)いわゆる名セリフを書かない、(3)関係性から言葉を作る、というものです。
20世紀最大の発見に《無意識》がある。フロイトやユングは、自分ではコントロール出来ない、理解出来ないものがあると。それが《無意識》という概念なんですが、それ以前は、人間は自分が理解出来るもの、コントロール出来るものと信じられていたわけです。それで、完全にコントロールされた試合やセリフは自分には嘘くさいんですね。


★十代という《ほとり》の時代★
阿:今日は朔子ちゃんと同世代のお客さんも見えています。若い人たちに、どんなところを観てほしいですか?
深:自分は《ほとり》という語感が好きで、高校の時からいつか使いたいと思っていました。思春期の終わりに来た朔子は、それまでの全能感と劣等感の間で、自分が世界の中心だと思っていたのが、今回、事件の外側(ほとり)にいることで、他者性を獲得して行く。それが成長だと思うんです。自分は誰かの人生の脇役でもあるのだという他者性に気づく。そんなところを観て欲しいですね。
阿:辰子のお誕生会における朔子の他者性=ほとり感ははんぱじゃなかったです(笑い)。
深:あそこの二階堂ふみさんの演技はほんとうにすばらしかったです。


★座談会★
阿:このような映画を見た後の座談会、アフタートークやティーチインは、監督にとっていい時間ですか?
深:はい。作り手が作品について全て判っているわけではないんです。作り終えた瞬間は、自分でもいいのか悪いのか何がなんだか判らないです。作品を観てもらって、反応を聞いて、ああそうか、自分はこういうものを作ったのかって判るんです。

まだまだ参加者からの質問もあり、面白い答もあったんですがこのへんで。

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(小見出し、文責:岸野令子)
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