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以下の記事は、若き才能グザヴィエ・ドラン監督の素晴らしさをひとりでも多くの方に知っていただきたく書かせていただいたものです。『わたしはロランス』の核心部分に触れている箇所がありますのでご注意ください。

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『わたしはロランス』における「反復」⑵
 ロランス(メルヴィル・プポー)は「男」として生きることへの違和感を抱えながら、多くの学生たちの前で文学の講義をしている。身体は震え、汗がすうっとながれ落ちる。次第に、だが明確に、自覚され始めた「女」として生きることへの自身の思いは、ついにはロランスの爪を変形させる。クリップを左手の爪につけることで自身の指先を「女っぽく」変形させることに成功したロランスは、その爪で、学生たちの前に立つことでこわばってしまった自身のうなじをゆっくりと撫でる。

 ゆっくりとうなじを撫でること。まるで緊張と凝りを解きほぐすかのようなこの身振りは、しかしながら、ロランスに「男」として生きることを続けさせるための慰撫ではない。むしろ、ロランスのなかに堆積したあの違和感を呼びさまし、ロランスが「女」として振る舞うことを肯定せんがための愛撫である。それゆえ、たった数秒間のこのショットのあとで、その愛撫による肯定を待ち望んでいたかのように、ロランスの変形、もといロランスの「変身」――あるいは劇中の表現を借りるならば「革命」――が、ロランスの感情の吐露をともなって、開始されるのだ。

 「反復」の映画作家グザヴィエ・ドランが、これほど重要な身振りを「反復」させないはずはなく、「衣類が詰まった籠をひっくり返す」のと同じように、フレッド(スザンヌ・クレマン)にも自身のうなじを撫でさせるに違いない――わたしたちは画面上で「衣類の詰まった籠」が再びひっくり返るのを目撃するとき、同時にそのように確信せずにはいられない。そしてグザヴィエ・ドランが大胆に演出してみせる「反復」が、あくまでも反復の不可能性に意識的なものである以上、フレッドがうなじを撫でることが決して「革命」を引き起こさないだろうということもまた、もはやわたしたちには予想がついてしまうのである。

 そしてじっさい、フレッドによって「反復」されたその身振りは、「普通の」家庭生活を放棄して――あるいは、ジャン・ルノワールが『ゲームの規則』で描いてみせたように、「世間体」(社交界)の裏側で――「愛」を至上のものとして生きることをフレッドに可能にさせるものではなかった。ロランスの願望を肯定する愛撫とは対照的に、フレッドが自身のうなじを撫でるという身振りは、まさしく、日々の生活に疲弊した自身を慰めるための行為、すなわち慰撫にほかならない。

 「ゆっくりとうなじを撫でること」という身振りの「反復」は、やはり反復の失敗によって物語における新たな意味を生みだした(とはいえ、誤解されては困るのだが、フレッドは、なにも鬱屈した日々を耐え忍んで生きる悲劇的なキャラクター、というだけの存在ではありえない)。「愛」を至上のものとして生きるということが必ずしも成功するものではないことを、わたしたちはわたしたちが観てきた映画の記憶の中でよく知っている。あるいはむしろ、簡単に「愛」は成就しないということこそ、もしかすると「映画的」ということなのかもしれない。ジェームズ・グレイが傑作『トゥー・ラバーズ』でわたしたちにみせてくれたのも、シチュエーションは違えど、「愛」は決して成就しないという重苦しい事態だった。

 そんなことを思い返しながら『わたしはロランス』を観なおしてみると、映画監督の黒沢清が『わたしはロランス』のパンフレットに寄せた言葉を思い返さずにはいられない。「果たして二人は愛を貫き通せるのか?…このシンプルで深遠なテーマに、意表を突く設定でいどむ若き作者に脱帽。現代のメロドラマは多分こういうスタイルで語られるのがひとつの理想なのだろう」。ショットの「反復」というきわめてミニマルな手法で、映画史の一部をなしてきたメロドラマにおける「愛」の失敗――もちろん、ロランスとフレッドとの関係が必ずしも「失敗」だとは言い切れないという解釈も、決して間違いではないはずなのだが、とりあえずここでは「失敗」だとしておく――という主題を予告してしまうあたり、そして予告通りの結末へと過不足なく物語を撮りあげてしまうあたり、この若干24歳のグザヴィエ・ドランという映画作家がやはり天才あるいは神童と呼ばれるにふさわしい演出家であることは間違いないのである。

(次回に続く)

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(たけむら)
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