上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
イタリア映画、やっぱり好きだなあ。

人間を、人生を、とても愛していて、
人間のだめなところでさえチクショー愛しいぜなんて、
イタリア映画にはそんな想いが溢れているものが多い。

ネッロが運営を任された協同組合には
そりゃもういろんなタイプの元患者が何人もいて、
やっぱり映画的に重きを置かれている人と
そうでもない人がいるわけなのだけど、
観終わってみるとひとりひとりをしっかり覚えていて
「これどんな人だったっけ?」というのがない。
映画の後半からだけの登場で
ついに終わりまでひとことも発しない人でさえ
ちゃあんと記憶に残っているのは
込められた愛情が観る人にまっすぐ伝わっているのだと思う。
映画(フィクション)を観た、というより
いっしょに時間を過ごしたような、
じぶんがそこに混じっていたような気さえした。

「良い映画」と「好きな映画」はちがう。

わたしはこの映画を大好きになったし、
きっと観た人の多くはおなじ想いだろう。
そうしてこの映画を好きになる人が増えていって、
イタリアでの超ロングランにつながったのだと思う。

知られざる実話を描いたとか
精神医療において先端を行くイタリアのとか
人権がどーとか差別がどーとか
そんなことももちろんあるのだけれど、
やっぱりこの映画はみんなに愛されてヒットしたのだ。

個人的にいちばん泣けたのがこのシーン。↓
jinsei_koko1.jpg

どんなシーンかはスクリーンでお確かめを。

そしていちばん笑ったのが「理事長」。

堀さんもお気に入りの「理事長」、私も大好きです。
どんなだかはスクリーンでね!

そして、
原題の「Si Può Fare(=やればできるさ)」は
元患者の彼らに向けられたことばではなく、
わたしたちにこそ向けられている。
彼らとともに社会で生きていくこと、
それを「できない」「無理だ」と決めつけて
彼らを閉じ込めていたのは我々なのだから。

(mirai)

Secret

TrackBackURL
→http://motoei.blog.fc2.com/tb.php/46-e6445b59
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。