上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
jinsei_koko2.jpg

「世の中」というのは、

①個々の人間の働く場所・居場所・生活に必要な
さまざまな物資や関係性を提供・保障する目的で運営されるべきで、
そのためには生産性やテンポなんかは多少犠牲にしたっていいんだ、

という考え方と、

②生産性の向上が「世の中」の目的そのものなのであって、
可能な限りたくさんのモノが作られてこそ
個々の人間にその恩恵が及ぶんだからいいじゃん、

という考え方があって、

一定の歴史的背景もあって
①を左翼、②を右翼といったりすることもあるようです。

で、ここしばらくは②が人気だけれど、①もなかなか棄てがたい。

経済システムのあり方が全社会のあり方を決定付ける
とはじめに言い出したのは、
歴史上は①の流れから出たマルクスみたいですが、
②の人々も、マルクスなんか古い古いといいつつも、
実は同じように考えていたりするみたいです。

で、絶対にどっちか、ということは、
是が非でもオレのいうようなやり方に統一しなけりゃならん、と。

ところが。

①と②、ふた通りの考え方に基づいて運営されるふたつのシステムが、
おなじ現代イタリアという時と場所に並存したっていいじゃん、という
画期的コロンブスの卵的思想映画が、この「人生、ここにあり!」、
だから、これは凄い映画といっていいでしょう。

①の原理に基づく社会機構が、
生産性には劣るけれどもイタリア社会が存続することそのものの
倫理的正当性を保障する(そのことを通じて社会を安定させる)のだから、
②の原理に基づいて動いている「もうひとつの社会」には、
建前通りによく稼いでもらって、
アメリカだの日本だのからカッパいできてもらって、
そのカネで①の方に応分の所得移転をしてくれればいいのです。

このふたつの種類のシステムの共存関係を象徴しているのが、
あの「組合命」な夫と「キャリアウーマン」な妻のペアでしょう。
そして、ふたつのシステムの相互が尊敬しあいながら共存していくことは、
35年連れ添った夫婦にとってもそう簡単ではない、
が、決して原理的に不可能というわけではないのだよ、と。

いや、システムの数はふたつである必要もない、
病院や施設で見え隠れしながら働いておられるシスター方のように、
①でも②でもない原理に従って生きる生き方があっても、
もちろんオッケなのではないでしょうか。

あ、あの、どのひとりを取ってみても魅力あふれる
イカれた組合員同僚諸君のことについては、
とても書ききれない。

私は「理事長」さんが好きです。

(堀)

Secret

TrackBackURL
→http://motoei.blog.fc2.com/tb.php/45-c27444f1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。