上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「けっきょく嘘でしょう」

たしかに、
実際には存在しないものを
あたかも存在するかのようにみせるのが手品であり、
それは人をだましたり、
嘘をつくのと性質的には同じ種類のことがらです。

だから主人公の手品はあまり受けない。

科学が発達して、
今までわからなかった色んなことがわかるようになって、
ほんとうに不思議だって思える現象がなくなってしまって、
そうなると手品は嘘のかたまりで、
本当はなんでもないことを一生懸命やっているようにしかみえない。

でも、そんな手品の嘘はまったく意味がないものなのでしょうか。
そんなことはありません。

日々の生活に疲れている、
つらい現実を暮している人たちに対しては、
彼らにたとえ一瞬だけでもその現実を忘れさせ、
それとは別の世界をみせてくれるその嘘は、
心に平静と潤いをもたらすものとして作用します。

主人公の一番のファンは貧しい少女ですし、
彼の手品が田舎だけでは受ける理由には、
科学的知識の乏しさだけではなく、
その物資的な貧しさも影響をおよぼしているように思えます。

illu3.jpg

それに、日常の行為だって手品一つで豊かになる。
中盤で描かれる主人公と少女の生活が楽しそうなのは
何気ない行為であってもトリックを使って盛り上げる
主人公の手品があったからでしょう。

手品には魔力があるのです。

終盤、映画ではその主人公の「魔力」が
少しずつ少女には効かなくなって、
少女が彼から離れていくさまが描かれます。
とどまらぬ時間の流れのなかで
置き去りにされる者たちとその悲哀。
幾多の名作映画のなかでも反復されたこのテーマを
この映画も丁寧になぞります。
きっと彼女は主人公のことを忘れてしまうのでしょう。

でも、この映画には
他の同種の映画にはない味が隠されている。

少なくともぼくはそのように感じました。

イタリア語では手品のトリックにもお化粧にも、
おなじ「トゥルッコtrucco」という単語をあてています。
イタリア人にとっては、手品もお化粧も同じことをしている。
そう感じられるのでしょう(そういえば主人公がある「女性」に
お化粧をほどこす場面がありました)。
そして、よく思い出してください。

田舎の素朴な少女から、
きっと頬や口唇に紅をつけているであろう
都会のお嬢さんへと変化をとげた彼女に対して、
最初に靴をあたえ「化粧」をほどこしたのは誰でしょうか。

そう、主人公です。

彼とは別の世界の住人となって
華やかな時代の中心に躍り出た彼女。
でも、彼女には彼の手品がもたらした魔法が
今もなお、少しだけ効いているのです。

illu4.jpg

情緒たっぷりな空想ですが、
そんな風にも考えられるのかな、とそう思いました。

(aka_kappa)

Secret

TrackBackURL
→http://motoei.blog.fc2.com/tb.php/30-fd756021
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。