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2月23日(土)、ホスピスを舞台にしたドキュメンタリー
『いのちがいちばん輝く日』の初日を迎えました。
なんと、開館前から長蛇の列が劇場前に伸びており、
開館と同時に満員御礼になってしまいました。

初日は溝渕監督と、
映画の中心であるヴォーリズ記念病院ホスピス長の
細井順先生をお招きしてお話をして頂きました。

まずご挨拶の後、
細井先生がなぜホスピス担当医になったのか、
今のような診療形態に至ったのかをご説明されました。

元々外科医だった細井先生は、
メスで「患者さんを救う」と考えていた。
そんな折、父親が癌になって亡くなった。
その時、患者の不安はメスだけでは取り除けないと思い、
外科からホスピスに移ったと言います。
そうこうしているうちにご自身も腎臓癌になってしまい、
初めて自分自身が患者になってしまったそうです。
そして患者になって
「癌があってもなくても同じなんだ」と思ったという。
たまたま社会人である自分が今、癌になっているだけで
他は変わりない。普通に生活をしているのだから。

「それで死生観が変わった」と言う。

漢字で書く「生命」としてのいのちは物理的なもの。
この世にいる時間として限られている。
しかし、平仮名で書く「いのち」は
ずっと繋がって行くものではないのか。
人として後世に伝えていくもの。
死によって受け継がれていく
「いのち」を大切にすることにした、と。

患者さんの弱さをまず理解する。
医療者として、患者さんを「治してあげる」というより、
患者さんと不安や弱さを共用するように努める
ことにしようと思ったそうです。
白衣を脱いだのも、
白衣は権威の象徴のように見えるからとのことでした。

そうして細井先生は「医者もできる一人の人間」として
今は、ホスピス医療と向き合っているのです。

先生がまず最初に患者さんやそのご家族に言う
「最期まで看る」という言葉はとても印象的でした。
それこそがホスピス医療であり、
患者さんも家族も安心できて、
先生を信頼できるようになるのでしょう。
最期を看取るという事はどういう事なのか、
考えさせられたお話でした。

ホールでの時間もいっぱいになり、
その後は細井先生にいろいろと質問があるお客様のために、
元町映画館2階のスペースを使って頂きました。

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つづく24日(日)は
和歌山県人権啓発センターの講師をされている
岩崎順子さんをお迎えしてトークを開催いたしました。
この日も満員御礼です。

岩崎さんはご自身の体験を綴った
「ガンが病気じゃなくなったとき」
という本を刊行されていて、
全国で600回以上の講演をされています。
今回はご自身の体験として、
まさに昨日の細井先生がおっしゃっていた
「生命」は終わるけど、「いのち」はつながっていく
というお話をされました。

若くしてガンで亡くなったご主人の
最期はご自宅でむかえたそうです。
それは介護のためだけではなく、
「家族で過ごす」ということ。
小さな3人の子どもたちにも、
死から遠ざけるのではなく、亡くなる瞬間を見せ、
ご遺体を触らせたと言う。
子どもたちはいろいろな事を考え、
いのちを受け継いだことだろう。

ご主人はガンを治せなかった。
そして、逆にもういいと諦めても、
自分で死ぬ事も出来ない。
そう思うと人は何か大きな力によって、
生かされているんだと思ったと岩崎さんは言う。
最期の一週間は
生きるとか死ぬとか治るとか治らないとかの
向こう側を見せてもらったような気がした、と。

溝渕監督は2日間ともご登壇され、
「このテーマはまだまだ終わらない。
取材は続けて追いかけていかなければならないテーマ」
と決意を述べられました。
日本の医療は悪いわけではないが、
まだまだ考えていかなければならない
問題はたくさんあると。

次回も素晴らしい映画をお待ちしております。

(支配人)

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