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へん、へん、へーんな映画!


《ロメオ》と《ジュリエット》という、
いかにもな悲劇を予感させるような
名前の二人が出会って突然恋に落ち、
めくるめくような愛の時を経て
アダムという名の子供を持つ。

若い二人にとっては
中々思うようにならない子育ての中、
他の子供とは少し違うアダムが実は、
たとえ手術したとしても回復の見込みの低い
脳腫瘍に侵されていたことが分かる……

なんていうと、
どんなステレオタイプの感動闘病物語
もしくは悲惨な家族崩壊ドラマが
始まるのかと思いきや
全然そうではなくて

母親はエキセントリックで、
状況は十分に深刻なはずなのに
なぜかコメディ、「あ~フランス人って!」な
"ラブストーリー"なのだった。

映像で見せる代わりに
ナレーションがガンガン入って状況を説明し、
唐突なズームアップが随所に見られ、
変な映像の被せ方も古っぽく、
…こう書いていると
あまり出来のよい映画に思えないかもしれないが
妙なテンポの良さもあって
全編笑みがこぼれっぱなし(苦笑か?!)

主演である両親は常にタバコを吸っていて、
そうかと思うと突然ミュージカル映画と見紛うような
ラブソングのデュエットを始め
その上、意味ありげだけれど
実は何の伏線にもならないエピソードが散りばめられ
いちいちこちらの思い込みを裏切られながら
でも現実って本当はこれくらい
意味の繋がらない事の羅列よね~ 
って妙に納得する自分がいるのだった

《病》が中心で人が在るわけではなく
たまたま彼らの人生に
病気というひとつの事象があったというそれだけ

経験した本人達だからこそ、
ありがちな感傷から一歩引いて撮れた
喜ばしいこと悲しいこと全てひっくるめて
真剣かつ滑稽な普通の生活

そう撮ることでもちろん病気への、
そして、思いがけない試練に対する時に
陥ったかもしれない自己憐憫も含めた
彼ら自身の思い込みへ
病人を抱えた家族の正しい在り方という
予断を持って映画に望んだ私達へ
あらゆる物事のステレオタイプへの
”宣戦布告”がなされたのかもしれない

映画を貫く疾走感(主演2人をはじめ
登場人物が最初から最後まで文字通り
よく走っているのだが)と
全編を通して使われている
色々なジャンルの音楽がとても心地よく
ほりだしものです

(ハイノキ)

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