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サーカスが好きなものですから、
道化師と動物が出てくるだけで
その映画のことを大好きになってしまいます。

というわけで、開始3分にして
道化師とライオンが出てきた時点で
この映画には好意的な印象しか抱けないなと思ったのですが、
その後の展開では、サーカス好きのフェリーニ(!)に
代表される欧州映画的哀愁はほとんどみられず、
意外なほどにアメリカ映画的だったので驚きました。

『タクシードライバー』『フランケンシュタイン』と
『アンダーグラウンド』(『ゴリラは真昼に入浴す』の方か?)
を経由して、最終的にゴシックホラーをまぶした
『キングコング』に行き着くという
奇想天外でスリリングな展開には
ついつい観ているこちらも
ガッツポーズしたくなってしまいます。
いやー、おもしろい。

ただし『気狂いピエロの決闘』は
それだけの映画ではありません。
この映画の原題は
『哀しきトランペットのバラード(Balada triste detrompeta)』。
この題にはそれなりに真面目な意図も含まれているのでしょう。

映画では何度かスペイン内戦および
それ以降のスペインの政治的な動乱が描かていますが、
この物語において、哀愁のピエロは
スペイン内戦およびそれ以降の左派を体現するものとして、
頓狂のピエロはスペイン内戦において、
反乱軍として左派の共和国政府を打ち破り、
独裁体制を築き上げたフランコ派を
体現するものとして描かれているようです。
二人が奪い合う一人の美女は
スペインの国土でしょうか、人民でしょうか。

そうみると、三角関係の男女三人の心理描写などは特になく、
奪い合う二人の行動がどんどん過激化していくだけの
この映画の展開は意味深長に思えてきます。
先鋭化すればするほど、
二人は従来もっていたはずの彼女への想いを失い、
恋の戦いはただの奪い合いに堕してしまいます。

人は本当に哀しいときには笑ってしまうそうですし、
嬉しすぎて涙が出てくることもありますから、
哀しみと笑いは反対の感情表現ではあるものの、
極限までいってしまうと
両者の違いは霧消し似通ってくるのでしょう。
その理は哀愁のピエロと頓狂のピエロの姿にも
重ねられているのではないでしょうか。

左派と右派という正反対の存在が
結局は同じことをしている。
しかも国土や人民の真の幸福は
おざなりにされたままという(よくみられる)構図は
スペインにおいてもみられたのでしょう。
あの結末は、単なる冗談ではなく
真摯なアイロニーなのかもしれませんね。
そして、もちろんこの構図は民主化をめぐる
北アフリカや中東の動乱にも通じるものなのでしょう。
同じ過ちは、別の場所でまた繰り返されているのです。

P.S.

ちなみに劇中に登場する映像は
『Sin un adios』(1970)という映画の一部みたいです。
「トランペットのバラード(Balada dela trompeta)」を
持ち歌にしているラファエルという歌手が主演していて、
映画でこの曲を歌う赤鼻のピエロは彼のようですね。

ラファエル(Raphael)についてはこんな紹介も。→

(aka_kappa)

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