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2012.05.05 別離(ゴマ)
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前作『彼女が消えた浜辺』で
嘘と真実に翻弄されるひとの心を
ミステリアスに描いたファルハディ監督。
各地の映画祭で受賞を重ねた今作も
その緊迫感と余韻を残す作風で
期待を裏切らない。

前作の群像劇スタイルから一転、
主要人物はふた組の夫婦。
どこにでも起こり得る出来事の中で
それぞれの思惑と秘密が絡み合い
次第にぬきさしならない状況へと
追いつめられてゆく登場人物たち。
ファルハディ作品には悪人は登場しない。
言い換えれば、安易な糾弾や
正義や善悪で割り切ることを許さないのだ。

銀行員のナデルと英語教師のシミンは
高い教育を受けた中流階級の夫婦。
娘のために国外移住したい妻シミン、
認知症を患う老父を残してはいけないナデル。
平行線をたどる話し合いは離婚協議へと進展し、
いらだつシミンはとうとう家を出る。

そして浮上する介護問題。
やむをえず人を雇うことにしたナデルのもとへ
家政婦として紹介されてきた貧しいラジエー。
身重の体で幼い娘を連れ
片道2時間をバスに揺られる肉体的負担だけでなく、
敬虔なムスリムであるラジエーにとって
失業中の夫の許可なしに働くことも
親族以外の男性の身体に触れることも
信仰からの逸脱行為であり
その精神的な負担も大きい。

そんなラジエーの老父に対するある行為が
ナデルを激怒させる。
ナデルにしてみれば父親に対する愛情と
その結果としての夫婦の決裂という
やり場のない怒りと悲しみが爆発したのも無理はない。

けれどこの時ラジエーの言い分に耳を貸さず
力づくで追い出したことで、
流産したラジエーから胎児殺害で告訴されることになる。

流産の経緯を知ったラジエーの夫は
社会の最下層で踏みつけにされているという
鬱屈した怒りをこの裁判にぶつける。

くい違う証言に迷走する取り調べと裁判。
その中で明かされてゆくそれぞれの苦悩と
真実を語れない重圧。
本当は何が彼らを追いつめているのか、
本当に彼らが怒るべき相手は何なのか、
という疑問がわき起こってくる。
それはきっと「法」では解決できないものだ。

老親介護、失業と貧困、格差社会、離婚、教育、
と彼らが直面する問題は私たちにとっても身近で
遠い国の他人事として傍観することができない。
人と人とがわかりあえない切なさもまた。

若干40歳で深い人間洞察力を感じさせる
アスガー・ファルハディ監督。
余計な要素をそぎ落とし
ミニマムなシチュエーションだけで
人間心理の複雑さと不可解さをあぶりだす手法は
見事としか言いようがない。
そして何より素晴らしいと思うのは
人の弱さ、狡さを描きながらも
人間に対する愛情を感じさせるその目線。
次回作が待ち遠しい。

(ゴマ)

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