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超能力者

VS

超能力の唯一通じない男。
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わかりやすい構図と勧善懲悪の結末。
カン・ドンウォンとコ・スという2大スターで
アクションが派手でドキドキハラハラさせてくれて
適度に息抜きの場面もあったりして
なんとも豪華で見応えのあるアクション映画!
(つまり元町映画館では珍しいタイプ)

いっぺん観ただけではそう思っていた。

うおー、おもしろかったー。
スター映画やのにアクションに手加減がない!
カン・ドンウォンやっぱり存在感あるわー。
コ・スめっちゃいい奴やった!そんで不死身過ぎ!
アルとボバもいい味出してるよねー。

…でもあれれ、なんかひっかかる。

そして2度目の鑑賞で見えてきた、
超能力者チョインのすがた。その思い。

彼は、欲望のために能力を使ってはいなかった。

父を自死させ、母の元から逃げ出した彼は
本当の意味でたったひとりで、生きてゆくことを選択していた。
でも社会の中で誰とも接触を持たず生きてゆくことは不可能だ。
生活するにはお金がなくてはならないし
お金を手に入れるには働くなりせねばならない。
街金からお金を奪うのに能力を使うわけ。
それは、他人との接触を避けるために他ならない。

他人と一切の接触を持たずに生きる。
それは社会の中では、存在しないことに等しい。
でもそれが、誰も傷つけずに生きてゆく唯一の方法だった。
誰かと関われば、近しくなればなるほど、感情が動く。
時には怒りも湧き、それが相手を死なせてしまう結果となる。

彼は、生きたかった。
死にたくなど、なかった。
と同時に、誰も死なせたくなかったのだ。
父を自死させたことで、彼は能力を持った自分に、
そして操ることができてしまう他人に絶望していたのだと思う。

そのチョインの思いに気がついたとき、
この映画の内容が、善悪の図式が、がらりと変わって見えたのだ。

ギュナムは正義感の強い、めっちゃいい奴だ。
自分の正義に嘘をつくことができないので、
チョインを恐れることもなくどんどん向かってゆく。
でもそれは、結局チョインを追いつめて
無関係の人をたくさん死なせる結果となったのだ。
これは想像でしかないが、チョインはそれまで
父以外の人を死に至らしめたことはなかったのだと思う。

そう考えると、ギュナムのしたことは
本当に善だったと言えるだろうか?

だいたい正義なんて、
どの側面から物事を見るかで変わるような代物だ。
勝手な正義を押し付けて、世間を混乱に陥れただけと
言えなくもないのではないか。

それに気づいて初めて、
「お前は俺に、出会うべきじゃなかった」
この言葉の意味が重くのしかかってきた気がする。
そしてチョインの最後の言葉も。

初見では、チョインの能力の壮絶な強さや
ギュナムのいい奴っぷり、
身体を張った頑張りにばかり目を奪われて
“いじめっ子チョインVS世界を救うギュナム”
という図式を誰もがつい頭に描いてしまう。
おそらく監督は、みなの持つ善悪の意識を
揺さぶりたかったのだと思う。
それがこのようなラストを迎えることも、
きっと社会に対する皮肉のような意味もあるのだろう。

いつもモノトーンの、
色のない洋服ばかり着ているチョインだが、
大事にしているフィギュアの彼は
真っ赤なジャケットを羽織り笑顔で片手を挙げている。
そしてチョインと闘うギュナムは、
地下鉄の駅のような場所で血塗れて倒れていても
誰も彼に救いの手を差し伸べようとはしない。

そんなところも、また深読みできそうだ。

この映画はぜひ、何度か観てほしい。
善悪の図式がひっくり返ったとき、
この映画のすごさが本当にわかった気がするから。

(mirai)

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