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『タンタンと私』は
原作者エルジェについてのドキュメンタリーで、
「タンタン」シリーズを読んでいない私は
「タンタン」のファンの方とは違う感想を持ったと思う。

それを書いてみたい。

エルジェのバックボーンはボーイスカウトと
ワレ神父に影響を受けたカソリックの教えであろう。
「タンタン」シリーズがワレ神父の発行していた
若者向け週刊誌「プチ20世紀」に連載され
好評を博し、連載を続けた。
ワレ神父がムッソリーニ信奉者で、
この雑誌もその思想のもとで
青少年を教育するように出されていたのであろう。
戦後、エルジェはナチス協力者として逮捕される。
しかし、彼にはその自覚がない。

この作品から読み取れるのは
無自覚な芸術家が時代にうまく利用されたように見えること。
自分の妻もワレ神父の秘書をあてがわれ、
後にエルジェが他の女性を好きになり、
苦悩の中で離婚する話が出てくるが、
おそらく本当の恋はこのときが初めてだったのであろう。

彼の無自覚さを象徴するエピソードは他に、
現地に行かず資料だけで詳細に再現した異邦の地を描く方法。
いくら風景を再現したとて、そこに暮らす人々の心は描けない。
(アフリカ系の人から「タンタン」は偏見で描いている、
という抗議があったとニュースも伝えられたが、
この映画が作られた2003年より後なので触れられていない)
つまりは当時のヨーロッパ・キリスト教文化の
人々の想像に合わせた諸外国だ。

ただエルジェは、中国を舞台にするにあたって、
当時ベルギー在住の中国人チャン氏(お名前失念)の協力を得て、
正確な町並みや漢字の看板などを再現した。
(この凝り方は日本のセルアニメのスタッフの凝り方に共通する)

その後、チャン氏の消息は不明のまま半世紀近く過ぎて、
彼が上海に存命とわかり《感動の再会》を果たす。
メディアの取材の前での再会。
しかし、エルジェには、
この50年のチャン氏がどうしていたか興味がなさそうだ。
おそらくは過酷な人生を生き抜いたと想像するが、何のコメントもない。

この映画は『ビルマVJ 消された革命』の
アンダース・オステルガルドというデンマーク監督が作ったが、
1971年にサドゥールという学生がエルジェにインタビューした
テープが保管されていたことで企画された。
そのテープの声に合わせてエルジェの肖像が動き出す
アニメーションが素晴らしい。
とても工夫されたドキュメンタリーである。

スピルバーグ監督の映画が公開されなければ
浮上しなかった貴重な作品。

(なまけねこ)

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