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“映画を観る”ことの贅沢。
それを、存分に感じさせてくれる映画!

往年の大スター、ジャン・ギャバンに
若き(当時ね)人気スター、アラン・ドロン、
高級カジノの金庫を狙うという計画を彩る
ミシェル・マーニュのゴージャスなモダンジャズの旋律!

ハラハラ、ドキドキ、
そしてなによりワクワクさせてくれる
超一級エンターテインメントなサスペンス劇。
ラストの、衝撃的ながら思いがけなく静かなシーンには
思わず拍手を贈りたくなりました。ブラヴォー!!

2012年の映画初めにおすすめ!
きっと良い映画年間の幕開けになりますよん。
ちなみにこちらの作品は35ミリフィルム、
シネマスコープサイズでの上映でこれまた贅沢!
上映期間は1/1〜1/6、
お正月休みの間にぜひ観に来てくださいねー。

(mirai)

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オープニングのド派手な時代劇調の音楽、
ちょいちょいはさまれるサイケデリックな映像、
えんえんつづく妄想回想独り言…。

どこをとっても紛うことなき見事なカルト作!
(えーと、褒めてます)

一見したところは立派に大人の女性、
でもどこか未成熟で頑な少女のような表情を垣間見せる
若きマリアンヌ・フェイスフルの魅力全開の映画。
(逆にドロンの影は薄いと言わざるを得ない)

峰不二子のモデルになったことでも有名な
裸身に纏う黒革のジャンプスーツ。
このジッパーを、
ゆっくりゆっくり
彼を想い浮かべながら
陶酔にも似た表情で
引き上げてゆくシーンがたまらなくセクシー。
身体を這う彼の指を思い描いているかのよう。

疾走するバイクと恋心、その異常なまでの興奮。
それがこの映画のすべて。

ストーリーがどうの、内面がどうのなんて
小難しい映画論は一切合切関係なし!
とにかくスクリーンから発せられる
興奮と色彩をひたすらに浴びるべし。

つっこみどころもいろいろ満載です。
たとえば予告編でもあったこのシーン。
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股間の隠し方にワザあり!

若者は観逃すな!
若さは破滅へ向かう暴走列車だ(嘘)!

(mirai)

現在上映中の『アラン・ドロン生誕75周年記念映画祭』、
どれも名作傑作ぞろいの素晴らしいラインナップです。

実はこの映画祭、お宝映像上映のオマケつき。
本編上映前に、アラン・ドロン出演の懐かしいCMや
当時の予告編などを特別上映しています。
そんでもってこのお宝映像、
なんと作品によって違うものが上映されるんです!

第一週目に上映した『若者のすべて』では、
1970年代のD'URBAN(ダーバン)のCM3本を上映しました。

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これぞTHE・ダンディー。

12/24〜の二週目の上映作品は
『黒いチューリップ』
『世にも怪奇な物語』。

さて、それぞれどんな懐かしいお宝映像が観られるでしょう?
乞うご期待!

(mirai)

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すごく楽しみにしていた映画を観るときって
はじめのうちはドキドキして、
なかなか集中できません。

今日もまた
「おちつけ、おちつけ」
と、ひそかに唱えていました。


5人の息子が南イタリアから
ミラノに移住してきたところから始まり、
その兄弟と母(この母ちゃんがとてもよい)の、
一家の栄光と挫折を描いた物語。


3時間で描く「愛・嫉妬・お金」

この3つが『若者のすべて』だとしたら、
なんてすべてを言い得たタイトルなんだろう!と、感嘆。

次男シモーネと、アラン・ドロン演じる三男ロッコの
対照的な性格で繰り広げられる悲哀に満ちた後半。
そこからラストまでの勢いったらもう目が離せません!

なんとも力強い壮大な人間ドラマ!

「FINE」で終わったあと、
拍手したくなる気持ちと
少し寂しい気持ちになりました。
もう少しあの5人兄弟と母ちゃんの
わちゃわちゃ劇を見たかったなー。

イタリア映画(によくある?)の、
もうやかましいわ!とつっこみたくなるような、
ひとつの空間で家族親戚友人他人がごちゃまぜになって
笑ったり怒ったり泣いたりする
あの「やかましい」シーンがほんっとに大好きです。

とっても愛にあふれてますよね。


そして、どの角度から見ても
やはり男前のアラン・ドロン
あえて「かっこいい」は言いません。


一見、甘ったるいミルキー。

だけれども、銀歯をもひっつけてしまう
その見かけによらない”力強さ”が、
『若者のすべて』にはありました。

(エビ)

多年にわたる思想上の同志で
殺人事件の共犯者でもあった
設楽秀行氏の真摯な証言を
真正面から撮った長時間のインタビューなど、
なかなか見どころの多い人物ドキュメンタリーでした。

とりわけ思想的な構えの高さと
現実の人間としての能力や
与えられた機会の限界のギャップから生み出される
悲喜劇性がよく描かれていましたが、
見沢氏本人をよく知る鈴木・雨宮両氏のお話を聞くと、
映画が全く別の見え方をしてきました。


自伝的小説「ライト・イズ・ライト」
なんかにもちょっと表現されているみたいな、
実生活上の能力に乏しい
「活動家」っていうイメージはありましたが、
雨宮氏のお話では
「電話してホテルを予約する」なんて
絶ーッ対無理!な人だったとか。

電話ができないでいかなる「活動」も、
そりゃ難しかっただろうなー。

一方では、
弁の立たない人の多い受刑者の代わりに
刑務所当局との交渉や抗議の先頭に立ってあげたり、
「食えない」若い人を見ると
片っ端から面倒を見ているうちに
税金が払えなくなったり、
優しく、断れず、身動き取れなくなって
結局は他人を裏切るらざるを得なくなって
また苦しむ、という、
たしかにごく普通によくいるタイプの
「生きづらい」人でもあったようです。

「太宰みたいな人だったんだねー」と、
隣の席の男性の方が仰っておいででした。

確かに最後も、
「賞」が(正直に)欲しくって、取れなくて、
欲しがって取れなかったことをいろいろ言われて、
また落ち込んで、みたいな。


小道具や時代背景としての
いろいろな言葉に惑わされることなく、
雨宮さんのお話にもあったみたいに、
「半径5メートル」の世界にとどまることのできなかった、
そこに世界の無限の広がりや深みを見いだせる日が
来ることを待つことができなかった、
ありふれたひとりの青年を描いた
ごく一般的な青春悲劇としてみたほうが、
通りのよい物語なのかもしれません。

(堀)

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