上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「音楽映画」は開放的な空間で
ときには体を揺らしながら観たい(?)

ということで…

7月30日からスタートの音楽映画特集「ムビフェス!神戸と映画と音楽と」では、
映画館から飛び出し、ライブハウスやカフェなどの「外部」でも上映回を設けます!
(元町映画館での上映スケジュールはこちら)

今回、この企画に応えてくださったのはこちらの4店舗。

☆ 旧グッゲンハイム邸
☆ 神戸VARIT.(バリット)
☆ ROUGH RARE(ラフレア)
☆ SPACE EAUUU(スペースオー)

開催するイベントを以下にまとめましたので
みなさま、チェックの程よろしくお願いします!


・旧グッゲンハイム邸
image2.jpg
住所:神戸市 垂水区塩屋町3丁目5-17 電話:078-220-3924

塩屋の洋館「旧グッゲンハイム邸」で上映する作品は
『バンド・コールド・デス』『ハーダー・ゼイ・カム』!
2夜連続で「ムビフェス!」イベントを開催くださいます。

◯上映:『バンド・コールド・デス』
日時:8/2(火)19:00オープン/19:30スタート【¥1,800】
案内:安田謙一さん(ロック漫筆家)×和久田善彦さん(ぴあ株式会社)

◯上映:『ハーダー・ゼイ・カム』
日時:8/3(水)19:00オープン/19:30スタート【¥1,800】
DJ:ワンダ(ワンダカレー)


・神戸VARIT.
eiga.jpg
住所:神戸市中央区下山手通2−13−3 電話: 078-392-6655

神戸が誇る人気ライブハウスでお届けするのは
『愛地獄』『オール・シングス・マスト・パス』『ランバート&スタンプ』!
ライブハウスならではライブ演奏つきで上映する回も!

◯上映:『愛地獄』
日時:8/5(金)17:00オープン/17:30スタート/18:30上映【¥2,000(1Drink別途¥600要)】
銀杏BOYZを愛するコピーバンドのライブもあり!

◯上映:『オール・シングス・マスト・パス』
日時:8/11(木)12:00オープン/13:00上映【¥2,000(1Drink別途¥600要)】
上映終了後にはゲストをお招きしてトークセッションも開催!北野の名店『サンドイッチの3』のニューヨークスタイルサンドイッチ、先着30名様にハーフサイズをプレゼント!

◯上映:『ランバート&スタンプ』
日時:8/11(木)16:00オープン/17:00上映【¥2,000(1Drink別途¥600要)】
犬伏功さん(音楽ライター)によるトークセッションも開催!
上映までの時間と映画終了後はTHE WHOのコピーバンドも登場!?


・ROUGH RARE
ラフレア_03
住所:神戸市中央区中央区明石町18−2 大 協 ビル 電話: 078-333-0808

旧居留地にあるお洒落な大バコカフェ「ラフレア」で観るのは『ヒップスター』!
関西初公開でお届け。


◯上映:『ヒップスター』
日時:8/3(水)19:00オープン/20:00上映【¥1,500(1Drink付)】



・SPACE EAUUU
20150603_575549.jpg
住所:神戸市 中央区元町通2丁目6−10 ミナト元町ビル3F 電話: 078-381-9767

当館からもほど近いSPACE EAUUUでは濃い〜ゲストをお迎えして
『モッシュピット』を上映!

◯上映:『モッシュピット』
日時:8/12(金)18:00オープン/19:00上映【¥1,500(1Drink別途要)】
佐伯誠之助さん×スズキナオさん(チミドロ)によるトークセッションも開催!


映画館ではない場所で観る「音楽映画」ぜひお楽しみ下さい!
スポンサーサイト


 この映画の主人公であるマーク・ランディスは30年もの間美術館に自分が制作した贋作の美術品を寄贈し続けた男である。美術館は作品寄贈の問い合わせに喜んで応じ、まんまと彼の手玉に取られてしまったという話である。最終的に彼は彼自身の大規模な個展を開催するに至るのだが、それによって彼の行為の本質が損なわれてしまったのではないかと私は思う。

 一般的に美術(=アート)は「自由なもの」と捉えられることが多い。60年代以降に現れた前衛運動の受容などを鑑みるとまさに当時は「自由奔放な若者の反抗」などと捉えられ、「私たちにはわからない」といったものが社会からの彼らへのまなざしには含まれていた。現在は当時よりいくぶんか美術館やアートギャラリーがポピュラーな場所になり、美術史の基礎知識のない人も美術に興味を持ったり、作品を鑑賞したりする機会が増えている。それは美術館が徐々に開かれた存在になっていたからである。しかし、そうなっているとしてもその傾向はほとんど変わらないだろう。むしろ「わからない(あらゆるルールから自由である)」ことが一つの芸術の見方として支配的な力を持っている。

 しかし、この映画によってまず暴露されるのは、美術品を扱う現場である美術館がいかに地域の事情や経済から自由でないかということである。経済難により、収蔵作品のほとんどを寄贈に頼っている美術館がこの映画の中では登場してくる。そのような苦しい状況にあえぐ学芸員の姿は自由という言葉からはほど遠い。絵画や彫刻、インスタレーションといったさまざまな形態をした大量の作品や資料を分類、管理、収蔵しながら展覧会を運営するには多くの人手が必要になる(たとえば兵庫県立美術館の収蔵作品数は約9,000点にも及び、それを管理する苦労を想像すればわかるだろう)。劇中にも登場してくるような展覧会企画担当と収蔵作品の管理担当を兼任しなければならない数の学芸員しかいない美術館が多くある中で、理想的な作品の管理が可能な美術館というのは実は限られているのである。

 教科書的にいうと、美術館には大きく3つの存在意義があると言われている。それは「展覧会」、「保存収集」、「教育」だ。まず私たちが美術館に足を運ぶ多くの機会は「展覧会」である。また、時折開催されるワークショップや学校のギャラリーツアーなどがいわゆる「教育」である。そして問題の「保存収集」なのだが、これは外部の人には見ることのできない美術の現場である。実は、展覧会でお目見えする作品はいわゆる氷山の一角でしかなく、多くの作品や資料は収蔵庫に眠っているのである。美術館によっては、展覧会の内容がコレクション(収蔵作品)によって構成される場合もあれば、現代の美術の動向をリアルタイムで伝えるために、収蔵品ではなく他館から借り受けた作品を展示する場合も多い。ここで考えられるのは、ランディスの作品は、学芸員の目をかいくぐって収蔵庫に収蔵されてしまったとしても、展覧会にお目見えする確率は意外に低かったのではないかということである。ランディスが批判をしたのは美術鑑賞のために美術館を訪れる観者ではなく、美術館の内部に居る学芸員、ひいては美術制度自体に対してであったように思われる。それを表に引っ張り出して、ランディスを一人のアーティストとして祭り上げ、展覧会を開催してしまうとなると、むしろランディス自身は、批判していた美術制度の中心に足を踏み入れなければならないのである。もちろん制度批判というものは独りよがりでは成立しないにせよ、それはこの映画が製作されれば十分である。

 おそらくそんなことは、すでにランディスの個展を企画した学芸員はわかっていただろう。むしろ、ランディスを美術制度の中心に巻き込むことで、ランディスの制度批判を無効化させようとしている。そういった文脈であの展覧会を考える方が容易に納得できる。つまりあの展覧会はランディスのデビューを言祝ぐものであるように見せかけて、まさに血を血で洗うような美術の制度批判をめぐる戦いなのである。究極をいうと本当に美術が「自由」ならばランディスの行為も美術として許されるのである。結局その自由は最終的に展覧会によって阻止されてしまった。結局は美術という作品管理制度がある限りそれは不可能なのである。

この映画を見る人には、ぜひこの監督が行っている恣意的なランディスのスター化の手法にも注目してほしい。監督がランディスと学芸員のどちらの立場に立って映画を製作したかを考えながら見ることをオススメします。

そしてもし、ランディスがこのように有名にならずに、贋作が収蔵庫に眠り続けていたとしたら…むしろランディスよりも巧妙な贋作の制作者が今も作品を作り続けているとしたら…目の前にある作品が贋作だったら…そんなことを想像しながら、また美術館を訪れてみると、全く異なる体験ができるに違いありません。

『美術館を手玉に取った男』は3/26から上映です。


(とは言っても、実際に自分の働く美術館にランディスみたいな輩がきたらめちゃくちゃ迷惑ですけどね…)


(舘)

みなさま、こんにちわ!元町映画館の斉藤です。

今回はアンコール上映のご案内です。

昨年も同じ時期にアンコール上映を開催しましたが、
今年もやります!!

「見逃していた!」という方も…
「また観たかった!」という方も…
「ノーマークだった!」という方も…
ぜひこの機会にご鑑賞くださいませ!!


作品選定は昨年同様、お客さまの投票結果を反映させました。
2015年当館では計179本の映画を上映しましたが、一体どの作品が選ばれたのか?!

気になるBEST10の発表と、アンコール上映作品(1位〜4位)をご紹介します!


第10位 『FORMA』
01main.jpg
坂本あゆみ監督衝撃のデビュー作が公開期間が短かったのにも関わらず堂々ランクイン!邦画の新たな才能を紹介する企画「JAPAN NEW WAVE」該当作品で、次回作が待ち遠しい大注目の監督のひとり。


第9位 『ザ・トライブ』
『ザ・トライブ』メイン画像
聾唖者の寄宿学校を舞台に設定することで、全編が手話だけで描かれる、つまり台詞が一切排除された異色の作品。分かりにくい映画かと思いきや、饒舌に語りかけてくる、新たな映画体験!



第8位 『神々のたそがれ』
kamigami_main.jpg
ストルガツキー兄弟のSF小説を映画化した巨匠アレクセイ・ゲルマン監督、最後の傑作!起承転結なし、分かりやすさ皆無だが、強烈な印象を残す!これこそ映画館で観てほしい映画!


第7位 『共犯』
main_large.jpg
台湾の新鋭チャン・ロンジー監督作。エンタメに徹しつつ映画通も唸らせるスマートな語り口が素晴らしい!川島小鳥さんの写真集『明星』でおなじみヤオ・アイニンさんも出演!


第6位 『薄氷の殺人』
main_large-1.jpg
『グランド・ブダペスト・ホテル』『6才のボクが、大人になるまで。』など並み居る強豪を押しのけ第64回ベルリン国際映画祭で金熊賞受賞!個人的にもう一度スクリーンで観たかった作品。



第5位 『ソレダケ / that's it』
sometani.jpg
ブラッドサースティ・ ブッチャーズからの熱烈なラブコールから生まれた石井岳龍監督(ex石井聰亙)によるロック映画!劇場が揺れていました...!!


これよりアンコール上映作品です

第4位 『Mommy/マミー』
main_ADorval_AOPilon1_1_1.jpg
いま最も熱い視線を集める俊英グザヴィエ・ドランの第5作。15歳の息子スティーヴを育てる気の強いシングルマザーのダイアン。スティーブはADHD(多動性障害)のため情緒も不安定で、そんな息子との生活に右往左往していたが、隣家に住む女性教師のカイラと親しくなったことから少しずつ日々に変化が訪れる。常識に囚われない挑戦的な作風にも注目。


第3位 『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
god help_main
人気バンド「ベル・アンド・セバスチャン」のスチュアート・マードックが自身の同名ソロアルバムを映画化。拒食症で入院している少女イブは病院を抜け出して訪れたライブハウスでアコースティックギターを抱えた青年ジェームズと知り合う。やがてその音楽仲間キャシーを含めた3人で音楽活動を始めて...。物語を彩る70年代風のポップなファッションや音楽が心地よい。


第2位 『百円の恋』
main.jpg
実家に引きこもり、自堕落な生活を送っていた女性が、ボクシングを通して変化していく姿を描く。安藤サクラが日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝き、足立紳が最優秀脚本賞を受賞した。離婚して出戻った妹とケンカした一子はやけになって一人暮らしを始める。百円ショップで深夜勤務の職にありついた一子は、その帰り道、中年ボクサーの狩野と出会い…。


第1位 『ハッピーアワー』
Happy_Hour_still1.jpg
お客さまによる人気投票堂々の第1位(ちなみにスタッフ間でも1位)。30代も後半を迎えた、あかり、桜子、芙美、純の4人は、なんでも話せる親友同士だと思っていた。しかし、純が1年にわたる離婚協議を隠していたことが発覚したことにより4人の関係にも波紋が広がる。本作では現代に生きる女性を等身大で描き、誰の身にも起こり得る物語として普遍的な問題を提示する。



ということでアンコールは
『Mommy/マミー』『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
『百円の恋』『ハッピーアワー』に決定いたしました。 パチパチパチ


投票結果はいかがでしたでしょうか?
「わたしの大好きな作品がランクインしていて嬉しい!」「あれ? おれの大好きな作品が入っていない!」いろいろな声がありそうですが、順位がどうであれ、自分が大好きだと言える作品に出会えることは素敵なことですよね。
それぞれに自分が熱を込めて語れる作品があるようで、コメントを読んでいても楽しかったです。

とはいえ、自分の好きなジャンルだけに偏っていく(これがほとんどの人のの鑑賞スタイルなんですが…)のは少しもったいない気もします!

上位に食い込んだ作品はラインクインしただけに、何か作品の中に強い魅力があるはず。その秘密は観てみないことには分かりません!食わず嫌いをしていた方は、みんなが大好きだと言ったこれらの作品を、この機会にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

(スタッフ間の投票結果もぜひご覧ください 


今回の特集タイトルはすばり「やっぱ、好き!」。
みなさんの「やっぱ、好き!」を集めた「2015年のアンコール上映」
ぜひご来場ください!

**********************************

一般1500円/3回券3600円
『ハッピーアワー』は長尺のため3部構成になります。3回分の料金になりますのでご注意ください



何なんだろう、このおもしろさは。
本国韓国でも興行成績が良かったとは聞いていたけれど。
ワクワクドキドキし、ハハっと笑わせ、時にはしんみりさせる。
もうハリウッドを超えたんじゃないかと思わせる、韓国映画の進化ぶりを見た。

物語の主人公は、高級外車盗難事件を捜査する熱血刑事ドチョル。
その捜査中に、一人のトラック運転手に出会う。
しかしその後、運転手の息子からドチョルに電話が入る。
父親が意識不明の重体だ、と。
それはシンジン物産を訪れた後だった。
シンジン物産側は、彼が勝手に起こした事故だと言うが―。

とにかくアクションが凄い。
後半の明洞の暴走シーンなんて、どうやって撮ったんだろう、
よく事故もなく撮れたなあ、と思った。
役者も凄い。
えっ、そんなことまでするの?と思うぐらい、体を張って演技をしていた。
ユ・アインなんて、韓国ドラマの王子様役はどこいったの?
というぐらい、悪役全開の財閥の御曹司役。
ファン・ジョンミンは、アクション俳優だったっけ、と思うくらい、
切れっきれの飛び蹴り。

ちなみにファン・ジョンミンは、
かつて当館が上映した『新しき世界』で、
イケメン主役のイ・ジョンジェよりかっこいい♡と、
当館支配人が目を付けていた俳優さん。
あれよあれよ、という間にヒット作に連続出演し、
今は脇役ではなく、もう安定した主役。

韓国ドラマでおなじみの、ナッツリターン事件と同じく、
財閥のずるさも描かれているけれど、とにかくスカッとするおもしろさです。
エンディングすら、オシャレです。
是非、劇場で体感しにきてください。

(空飛ぶ猫)




 映像や写真は過去のものしか映しだすことができない。しかし過去を映しだすことができるからこそ、今はもう失われた人やものと画面上で出会うことができる。この映画は、いまはもう存在していないものを、ある仕方によって現代あるいは未来の人々に伝えることが、ドキュメンタリー映画の果たしうる役割であるということをもう一度考えさせられる。そういった試みは、かの有名なアウシュビッツの証言を記録したランズマンの『ショアー』における困難な挑戦を思い起こさずにはいられない。
 『真珠のボタン』という映画は、近代化の過程で排除された2つの共同体に関する「証言」を基盤にし、さらにそこからの発展を試みている。過去に起きた出来事の表象不可能性にぶつかりながらも、偶然の産物である「ボタン」の発見によって不思議なかたちで2つの歴史のパラレルな関係を新たに発見することとなった。
 この映画が扱う1つ目の共同体は、チリの先住民族であり、チリ国土の西側に連なる海岸線付近に居住していた5つの海洋民族である。彼らは、1880年代以降西洋人のフロンティアとなったこの土地で、野蛮であるとして排除され、彼らのすべての叡智の源である海すら軍事的な管理下に置かれ、引き離されることによって、彼らの伝統的な営みが断ち切られていった。
彼らは写真家マルティン・グシンデによる彼らのきわめて独創的な伝統のボディペインティングを撮影した写真によって記録されている。さらに、彼らの子孫としていまも生きる人々自身の過去の記憶をたどるインタビューによって証言される。しかし、先住民の子孫である人々が、近代的な文化と伝統的な文化が混在する生活の総体のなかの一部として民族の記憶を引き継いでいるということを忘れてはいけない。鑑賞者である私たちが想定し、また期待する先住民の姿を彼らがしていないという結果に対して、私たちは不満を抱くことは、結局フロンティアからの視点に同一化しているということを十分意識しなければならないだろう。この映画を見るにあたって、自分はどの立場から彼らに眼差しを向けるのかによって、この部分の解釈が分かれてくるのではないかと思う。

 2つめの共同体は1974年以降独裁政権下にあったチリのなかで政治犯として強制収容所に収監され、拷問を受けた末に海に遺棄された共産主義者の人々である。彼らは同時期に収容所から生き延びた人々や、研究者たちによって証言される。国家権力がある人々を排除しようとしたときに、こんなにも残虐な手段が用いられるのかと驚かざるを得ないし、このような行為に加担しなければ標的にされると怯えた人々の葛藤がそこには存在していただろう。しかし、監督であるグスマンはエモーショナルな表現をあえてすることなく、証言者である強制収容所の経験者から証言を引きだしている。その手法にもまた注目すべきである。映画の鑑賞者の感情を煽ることによって啓蒙するようなタイプのドキュメンタリーではないことがよくわかってくるだろう。むしろグスマンはエモーショナルな感情が消費されていくことを危惧し、十分な配慮をしている様子が伺える。
 
 そして最後にこの映画にはある謎が提示される。それは人種も時代も違うこの2つの共同体が偶然にも「ボタン」によって接続されることである。グスマンはこの2つの共同体を接続する際に、スピリチュアルな感性や前近代的な文化に対する極度なロマンに陥ることなく、研究者たちと協働することできわめて科学的なプロセスを用いている。むしろ因果関係が全くない2つの共同体がボタンという偶然の産物によって関係してしまっているという事実を淡々と描いているようである。鑑賞者である私たちは、最後にその偶然かつ必然であるようにみえる関係性に感動してしまいそうになるのだが、ここで感動することが、これまで提示されてきた彼らの負の歴史を美化することになってしまうのではないかと思い、少し立ち止まってしまう。

 ドキュメンタリーによって与えられるスペクタクルほど胡散臭く、また罪深いものはないように思う。グスマンによって編まれたこの映画は、きわめてクオリティの高い映像美を持ち合わせながらも、ギリギリのところでスペクタクルへの到達を回避しているように思われる。これほどまでに見る視点によって与えられる感覚が異なる映画も珍しいのではないだろうか。これから鑑賞される皆様には、ぜひとも映画をみている自分を省みながら、鑑賞してみてほしい作品です。

(舘)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。